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「∞」
みなさんこんにちは!!
バスドラム2年目のがくです!
昨年、万博で行われたブラスエキスポ2025で書かせていただいたブログ、読んでいただけましたでしょうか?
あの時はシンバルでしたが、今シーズンはバスドラムを担当させていただきました!
今年度はシンバルでオーディションを受け、無事合格。
「今年はシンバルでシーズンを駆け抜けるぞ!」と、うっきうきで練習していました!
ですが、バスドラムの人数がどうしても集まらず、中学時代からお世話になっているスタッフの先生から、コンバート(パート移動)をお願いされました。
正直、迷いはありました。
それでも口から出た言葉は、
「まあ、俺しかいないかー!」
そんな一言で、今シーズンの自分の役割が決まりました。

さて、今回のテーマを「∞」にした理由、そして自分のマーチング人生についてお話しさせてください!
∞を縦にすると、何になりますか?
そうです。
8です。
気づけば、マーチングを始めて8年。
そして、マーチングという存在を知ってからは14年が経っていました。
20年という人生の中で、14年がマーチング。
もはや、自分の人生そのものだったのかもしれません。
そして先月行われた第53回マーチングバンド全国大会をもって、この8年間のマーチング人生に一区切りをつけました。
……つけたつもりです。
初めてマーチングを見たのは、小学1年生の時でした。
きっかけは、憧れの存在である姉。
中学校でマーチングを始めた姉の姿を、客席から見ていました。
正直、何をしているのかはよく分からなかった。
ただ、ものすごくかっこよかった!
でも同時に思いました。
「こんな重たい楽器を持って、走って、叩いて…自分には絶対できない」
小学4年生の時、姉が大牟田高校へ進学しました。
そこで見たマーチングは、中学校の頃のものとはまるで別世界でした。
レベルも、迫力も、完成度も、すべてが違った。
「絶対無理だ」
でも、
「こんなshowを、いつか自分もやってみたい!!」
この時から、マーチングは“憧れ”から“目標”に変わりました。
中学生になり、迷うことなく吹奏楽部へ。
姉と同じパーカッションを選びました。
当時、北九州市の中学校ではマーチングバンド協会主催の大会であるM協には出場しておらず、吹奏楽連盟主催のマーチングコンテストのみ。
本当はM協に強い憧れがありました。
それでも、「マーチングができる」という事実が嬉しくて、必死に食らいつきました。
2年間で九州大会まで進出。
全国大会まで、あと一歩。
3年生では絶対に全国へ行く。
本気でそう信じていました。
しかし、コロナウイルスによって、その時間は突然奪われました。
約1年間、マーチングができない日々。
その空白があったからこそ、
「マーチングがしたい!!」
その気持ちは、これまで以上に強くなりました。
そして、またしても姉たちの背中を追いかけるように大牟田高校へ。
本当に、どこまでついて行くんだって話です(笑)。
大牟田高校では、ずっと憧れていたM協で3年連続全国大会に出場しました!
初めて立った、さいたまスーパーアリーナ。
何度も客席から見ていた、あのフロア。
その真ん中に、自分が立っている。
演技が終わり、拍手が降り注いだあの瞬間、
胸がいっぱいになりました。
「ああ、自分はこの瞬間のためにマーチングをしてきたんだ!!」
今でも、はっきり覚えています。
全国大会には出場できた。
でも、全国金賞には届かなかった。
「全国では、通用しない」
そう突きつけられた現実は、想像以上に重たいものでした。
それでも、マーチングが嫌いになることはありませんでした。
むしろ、もっと好きになっていました。
まだ続けたい。
もっと上を見たい。
もっと多くのチームの演奏や演技を見て、刺激を受けたい。
そんな想いを抱えたまま、高校を卒業しました。
高校卒業後、特にすることもなく、マーチングから少し離れていました。
それでも、心のどこかでずっとマーチングのことを考えていました。
そしてまた、3回目の姉への憧れ。
ドリスカの見学、どんたくへの参加。
マーチングを続けるか悩んでいた自分に、先輩がかけてくれた言葉。
「やらない後悔より、やる後悔だよ。今年入ってみて、違ったら辞めればいい」
その一言で、覚悟が決まりました!

練習は基本的に日曜日だけ。
環境も、レベルも、すべてがこれまでと違う。
不安だらけの中での入団でした。
シンバルとして活動し、
教えてもらい、怒られ、支えられながら、
改めてマーチングの奥深さと楽しさを知りました。
「やっぱり、自分にはマーチングしかない」
必死に食らいついているうちに、あっという間に九州大会。
正直、心のどこかで思っていました。
「今年もドリスカは、当たり前に全国へ行く」
でも、その“当たり前”は、当たり前じゃありませんでした。
名前が呼ばれなかった瞬間。
頭が真っ白になりました。
悔しくて、悔しくて、たくさん泣きました。
「あの時、こうしていれば」
「これが正解だったんじゃないか」
何度も何度も、自分を責めました。
ドリスカの歴史に、傷をつけてしまったのではないか。
そんな考えが、頭から離れませんでした。
それでも、
「このまま終わりたくない!!」
その想いだけで、今年度も続けることを決めました。
今シーズンは、シンバルでスタート。
そして、バスドラムへのコンバート。
同じシンバルで、次こそ全国へ。
そんな想いも、確かにありました。
それでも、同じチーム、同じバッテリー。
必要とされている場所で、全力を尽くそうと決めました!
1年ぶりに向き合うバスドラム。
5人で1つの楽器。
1人が欠ければ、成立しない。
音だけでなく、心まで揃えなければならない楽器。
これまで以上に、責任の重さを感じる毎日でした。

迎えた決戦の日。
昨年、悔しさから目を背けた島原。
今年こそ、絶対に全国へ!!
一般の部一番最初。
フロアに立った瞬間、昨年の記憶が一気に蘇りました。
それでも、showが始まると、
ただただ楽しくて、必死で、夢中でした。
気づけば、終わっていました。
表彰式。
昨年は積み込みで出られなかった、その場所。
代表団体発表。
ドリスカの名前が呼ばれた瞬間。
耳が熱くなりました。
視界が滲みました。
悔し涙が、嬉し涙に変わった瞬間でした。
そして、全国大会!
2年ぶりに立った、さいたまスーパーアリーナ。
周りには、バッテリーのみんな。
そして、ドリスカの仲間全員。
拍手と歓声に包まれながら、
「続けてきて、本当に良かった」
心の底から、そう思いました。
結果は、思い描いていたものではなかったかもしれません。
それでも、この場所で演奏・演技をすること。
それ自体に、確かな意味がありました。
8年間のマーチング人生で、強く感じたこと。
それは、
決して1人じゃないということ。
1人ひとりが持つピースが噛み合い、
1つのshowが完成していく。
Alpha of the Wildが形になっていく過程は、
何にも代えがたい時間でした。
マーチングは、究極の団体競技です。

最後に、テーマ「∞」について。
今、福岡ではマーチング人口が少しずつ減っています。
中学校、高校、そしてドリスカ。
この大好きなマーチングが、廃れてほしくない。
これからも、無限に続いてほしい。
Making The Rainbow
一人ひとりが持つ色が重なり合い、奇跡のような虹が生まれる。
この虹が、消えませんように。
この感動が、次の世代へと繋がっていきますように。
そして、この虹が、無限の彼方まで続きますように。
そんな願いを込めて、今回のテーマを「∞」にしました!!
長くなりましたが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
またマーチングがしたくなったら、きっと戻ってきます。
その時は、また一緒にフロアに立てたら嬉しいです!
これからも、ドリスカへの応援をよろしくお願いします!!

FUKUOKA DreamScouts performance corps